「ユージュアル・サスペクツ」どこまでが本当?と思わせる時点でこの映画の勝ち

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1995年のアメリカ映画。

脚本のクリストファー・マッカリーは本作でアカデミー脚本賞を受賞。また、ケヴィン・スペイシーは本作でアカデミー助演男優賞を受賞。

(以下ネタバレを含みます)

あらすじ

ある事件の容疑者5人が、警察署に連行される。

そこで出会った5人は、一つのある金儲けのための悪事を働こうと団結する。

釈放後、当初その悪事だけが目的だったが、5人はある伝説の大物ギャングという黒幕によって操られていたことに気付かされることになる。

その黒幕の名はカイザー・ソゼ。そして、カイザー・ソゼからある仕事の依頼が来る。

カイザー・ソゼの名に震える者、またはカイザー・ソゼなんて存在しない、架空の人物だと主張する者もいたが、5人はその仕事を結局引き受けることに。その仕事の舞台は船。その船は結局爆破し、唯一生き残ったのが、その5人組の一人、キント(ケビン・スペイシー)。

キント(ケビン・スペイシー)の証言によって、この映画は始まり、その証言を追うように映画が構成されていくという仕組み。

腹立つけど面白いという不思議

この映画は、カイザー・ソゼはいったい誰なのか、また、本当に実在する人物なのか、というところが肝心だ。

(というわけで、この映画はオチが超重要な映画。この映画をまだ観てない人は絶対にこの先を読まないように)

この映画は腹立った。

そんなのありか、と。

でも、なぜか人にすすめたくなる。観てみな、とりあえず観てみなって言いたくなる。でもその時点で、腹立たれようが、この映画の勝ちなんでしょう。

どこまでが本当?

あの証言がでたらめだったら、なんて、考えはするけど、まぁ、それはないだろう、と思うよね。最後の方なんて、もうそんな思いは全く消えてたよ。

でもそうなってくると、どっからどこまでが本当なんだ?とも思う。

そうやってこの映画をもう一回観たりしてしまうわけで、やっぱりこの映画の勝ちということになる。

いらなかったシーン

しいて言うなれば、カイザー・ソゼの一家が狙われて、というシーンでカイザー・ソゼは思いっきり映るけど、あれはいらなかったと思うね。

とにかく、キートンとキントは犯人ではないと思わせたいのはわかるけど、あのシーンは不要だ。

丁寧にカイザー・ソゼの風貌を出すべきではなかったし、冒頭のシーンも、姿全体映さなくてもよかったと思う。声も発せず、手だけとかでよかったと思うけどね。

やってはいけない手法

木村拓哉さん主演のドラマ『眠れる森』の最終回の直前、これまでに度々流された回想シーンみたいなところで、いつも後姿しか映されなかった犯人が、とうとうこちらに振り向き、その顔を見せる。

その顔は陣内孝則さんで、ああ、やっぱり犯人は陣内さんだったんだ、と思うんだけど、最後の最後で、その回想シーンの犯人の顔は、中村トオルさんに変わる。結局真犯人は中村トオルさんだったと。

全部引っくり返すスタイル

この映画もちょっとだけそれに近くて、最後、カイザー・ソゼに撃たれるキートンを、思いっきりキントは見てる、というシーンがあるから、キントが犯人なわけないと思うし、キートンが犯人というのもおかしなことになる。

でも、キントの見間違えだったのか、最後はキートンが犯人だったということになるんだけど、さらにもう一個上を行くどんでん返しを喰らわせられるわけだね。

確かに、キントの証言自体が嘘ならあのシーンも嘘のシーンと説明はつくけど、つくけども、それにしたって、全く、もう。あんな大掛かりに、うっそでーす、ってくるとは思わなんだ。

この映画のオチが読めた人は頭悪い人

コバヤシだって、おかしいなぁ、とは思ったよ。ビデオの裏に記載されてる登場人物紹介見た時にもう思ったもの。なんでコバヤシ?って。

最後、キートンが犯人だということになるところは、絶対このままでは終わらないだろうな、とは思った。何かもう一つ来るぞ、とは思ったけど、あのラストは、正直読めなかった。というか、この映画のオチが読めた奴って言うのは、頭の悪い奴だと思うよ。

とりあえず、ケビン・スペイシーの演技力っていうのは、とんでもないと改めて思った。

また、ベネチオ・デル・トロってこいつか、と改めて思った。ガブリエル・バーンは、『エンド・オブ・デイズ』ぶりに見ました。 

「ユージュアル・サスペクツ」評価

★★★★★★★★☆☆